第十一食

11救い


「あなたたち生きていたのね」

「ユリエ

一歩踏み出そうとして、ふらつく。

さっきから意識が途切れ途切れだ。

「ああもうおっかないんだから。

そんな体で私に飛びかかるつもり?

ユリエは両手を上げ、降参のポーズをとった。

いや、両手をひらひらし始めたからこれは挑発だな。

 

「あんたこそ、とっくに逃げていると思っていたよ」

高ぶる気持ちを落ち着かせて俺は言った。

「ちょっとね、トラブルがあって。

それより、あいつは。蓮は一緒じゃないの?

「ああ」

「ふーん。残念、あいつに寝込みを襲われてね。牢のカギ、ゴッソリ持っていかれたわ」

後頭部をさすった。

蓮さんが鍵を探しに行ったあと、血がついていたのは、ユリエとやりあったからか。

「今は見逃してあげるから、ほら。」

ユリエは右手を突き出してきた。

「なんだよ。」

「鍵。持っているんでしょう?

早くあけてくれないかしら。」

何もかもお見通しってわけだ。

「いい?あなたは私を殺したいかもだけど、今は休戦にしましょう。ここを出たらいくらでも復讐して構わないから。早くしないと三人とも丸焦げになっちゃうでしょ」

 

「ここを出たらまた人を喰うのか?」

ユリエは少し驚いたように眉を上げ、言った。

「まあ、食べるわよ。いつも通り」

「人喰いの化物をみすみす逃がすわけにはいかない」

ちょっとは京子のことも考えなさい。アキラっち」

ユリエがそう言う。

「あたしは別に、それに私はあなたとは違う」

京子が呟く。

こう見ると、本当によく似ている、背丈は少しユリエが高いものの、黒髪に上品な

美貌、京子の方が多少幼い顔立ちだが、そっくりだ。

だが、内面は正反対だ。

「本質は一緒よ」

ユリエは(はっはっは)と声を立てて笑うと

妖女のような眼差しで言った。

「それじゃあ、貴方達は私を殺すということね。これから犠牲になるだろう。命を守るため3人の人間を殺すのね。それって人殺しじゃないかしら。」

「それは

「私が逃げてもあなたは人殺しに関与するわけじゃない。無関係で知らないふりをして生きればいいのよ。

二択よ。

私と京子と自分を殺して人殺しとして死ぬか。

三人とも逃げて人殺しとは無関係で生きるか。こんなの答えは決まっているでしょ」

 

煙はだんだん廊下を飲み込んでいく。

遠くではスプリンクラーが作動した。

 

「俺は

 

 

 

 

屋敷の火は徐々に消えているが、大半が黒焦げになった。

「大丈夫か?」

京子は無理やり作った笑顔で返事をする。そして呟いた。

「こうなる運命だったのよきっと

こうなったほうがよかったのよ」

俺たちは人喰いをみすみす逃がした

また人が死ぬだろう。

 

蓮さんは死んだのだろうか。

あたりには逃げ出せた人達が家から離れるように走っている。

 

近くに赤いランプが沢山見える。

消防車やパトカーだろうか

「急ごう」

後ろで京子が倒れ込んだ。

「おい、大丈夫か!?

「来ないで!!

どうした」

「人が、人が食べたくて仕方ないの」

「え?

京子は俺の足を掴むとそのまま俺を押し倒した。

「アキラいい匂い

食べちゃいたいくらい」

父親のこと、母親のこと、多くの死体。返り血を浴び精神的に壊れた京子は今まで保ってきた理性の箍が外れたのだ。

「京子

「私やっぱり化物なんだ」

涙で濡れすっかり赤くなった目をこちらに向け、震える唇を噛み締めた。

まるで麻薬でも切れたように怯えた表情になっていく。

目の前の京子がとても哀れに感じた。

「私を止めて殺して」

「京子を殺すなんてできるわけがない」

 

【殺してと願うものを殺すのはどうなんだ】

なぁ、蓮。

 

どうなんだよ。

 

 

 

 

「アキラ君から離れろ! 美島ユリエ!

ほんの近くで突然、物凄い音がした。

その音は世界中に響きわたったかにように高く、大きく、響いた。

一瞬自分が撃たれたと錯覚したが、俺ではない。

 

俺ではないのだ。

 

目の前でふっと命の糸が切れた。

京子が人形のようにぐったりと俺の上にのしかかり、お腹のあたりに暖かい何かが流れた。

 

真っ赤な血が染み渡る。

 

「アキラ君大丈夫か?

「長谷川何を」

 

 

 

救いは、もうない。

 

 

複数の男に取り押さえられ、もがく長谷川さんが見えた。

「待ってくれ、私は悪くない!

俺は彼を守ったんだ!美島ユリエから

ユリエじゃないのか?まさか嘘だ!」

 

京子が死んだ

 

ありえない。

 

「君!しっかりしろ!」

まぶたが重くなる

ゆっくりと吸い込まれるように

無の世界へ。

 

俺の上にかぶさっている京子は眠っているように目を閉じている。

京子。

 

ああ、

また大事な時に意識が無くなる。

肝心な時に

 

こうやって目を閉じたら

 

 

 

 

 

 

 

ほらね。