第十食

10蓮


「隠れてないでさっさと出てこい!」

廊下から複数の男の声が聞こえてくる。

美島妹の件でかなりのタイムロスがあった。

近くにあった倉庫に身を隠しているが、じきに見つかるだろう。

 

京子はうずくまり動こうとしない。

ひどく背骨を丸め、垂れた前髪は表情を隠した。

「ははっ追われる立場になったのは初めてです。楽しい」

蓮さんが俺の耳元で囁いてきた。

甘い声に耳が震える。

「あんたって奴は

多少距離を取ると蓮さんは

そんなに私が変でしょうか?と首を傾げた。

毒リンゴのような女だ。

「ああとっても。人殺しと一緒にいるなんて考えもしなかったよ。」

その言葉を言い終わったあと、失言だと思った。うずくまった京子は反応を見せなかったが、きっと心を痛めただろう。

彼女もまた

「人殺しなんて珍しくもないですよ、毎日誰かがどこかで人を殺している。復讐のため。正義のため。ただ生きるためだけでも殺し合う。みんな気づいてないだけ」

確かに、殺人のニュースは絶えない。

うんざりするほどどうしようもない奴もこの世には沢山いる。

 

「なぜ人を殺してはいけないのか。

昔、母親に聞いたことがあります。

母親は少し困った顔をしたあと、「自分がされて嫌なことはしちゃダメって教えたじゃない。あなたは殺されたくないでしょう?

と言いました。母はまともな人間でした」

だけど、この女には無意味だろう。

彼女は違う。

坂東さんを殺したきも、顔色ひとつ変えなかった。パーティーの帰り道のような。楽しみはすんで、後片付けを黙々としているような奴だ。

自分が殺されそうな状況も楽しむのだ。

「私、気づいたんです。

この世は論理や理屈で動いているわけじゃない。感情で動いているって。

人殺しが悪いこと?

だって仕方ないのですよ。殺したいんだもの。治療して治りはしないんです」

 

それでも俺は認めない。

両親から、人殺しが悪いことなんて教育を受けた訳でもない。

それでも悪いと思うのはそれが真理だからだ。知能を持って生まれた俺たちの結論なんだよ。

 

そう言ってやるつもりだったが、口に出たのは一言だった。

「やっぱりあんたは変だ」

「あらそう。あなたも相当変ですけどね」

「馬鹿なことを

「同類は惹かれ合うものよ、私、あなたとならうまくやっていける気がするわ」

丸く澄み渡った目で俺をのぞき込む。

「何を言っている

「あら?」

蓮さんは近くに積み上げられたダンボールに視線を移した。

「武器みっけ」

電動のドリル。ドライバードリルだろう。

「ドリルはまだ使ったことないです」

子供のようなあどけない笑顔がまた

狂気を感じさせた。

 

俺と蓮さんは廊下の様子をゆっくりと見た。

LEDの光がうごめく男たちを青白く照らしている。

二、三……四人ですかね」

男たちはナタやノコギリを持っている。

「あんなもの、どこで手に入れたんだよ

「あれ、私の解体道具ですね。」

どう、くぐり抜ける?」

「くぐり抜けるですか。」

「いえ、私が通れるようにするので

その後悠々と歩いてきてください。」

「ちょっと!」

小声で話していたのを忘れ、声を張ってしまった。

男たちがこちらに気づくのと同時に、

「下準備もすみましたし【邪魔しないで下さいね】」

 

蓮さんはふらっとと男たちの前に出た。

「あの女

「腰が入ってないですよ。殺す気あるんですか?」

蓮さんがそう言うと男たちは一斉に蓮さんの方に向いた。

普通は男たちが有利のはずだが、躊躇のない蓮さんが圧倒した。ナタを奪い、切りかかる。

数カ所切られただけで男達は腰を抜かした。

蓮さんはナタを奪った男に馬乗りになった。

頭を抑え、こめかみにドリルを当てる。

「いやだぁ!」

「いいですよ!その表情。はい脳に入りますよー」

もう見ていられなかった。

俺は倉庫に再び隠れ

グググググッググググ

鈍い音が響く

もう部屋で縮こまることしか出来なかった。

心臓が暴れている

男の断末魔の叫びが俺の本能的な恐怖を呼び覚ました。

俺は胸の当たりをがっしりと握った。シャツがシワシワになるほどに

 

京子は耳を塞ぎ泣きじゃくっている。

目が合うと、

苦しそうな表情を隠し、目を逸らした。

楽しそうな声が聞こえる。

「ねえ、追い回していたものに追い詰められるのってどんな感じ?ねえ?」

返事はない。

「ねえ?どんな気持ち?」

「化物だ!

男たちは逃げているようだ

その後も絶叫が鳴り渡った。

「ハァー」蓮さんは大きなため息をついた。

蓮さんがこちらに戻ってきて俺たちの顔をのぞき込んだ。

「なんです?今更怖くなっちゃいましたか?」

真っ赤な服に着替えたかのように白シャツに多量の血が飛び散っている。

 

「私はね、生きるのにも死ぬのにも対して興味がないんです。

私が興味あるのは人間の感情だけ

醜くて気持ちが悪い。だけどどこか美しく感じるときもある。

快楽殺人と一緒にしないでね。

私はあなたがどんな死に方をするかよりも、死ぬ間際にどんな表情をするのか?どんな輝きを見せてくれるのかに興味があるってこと。行きましょう」

 

なるべく下を見ないように進んだ。人の腕を踏んだような気がしたが、を見ることは出来なかった。

「まだひとり残っていましたか」

こちらに気づいた男が蓮さんの姿を見ると怯えた羊のようにブルブルと身を震わせ走り出した。

「もう嫌だ!」

男は窓に身をのり出した。

少しためらった様子を見せたが、そのまま足を外に出し、姿が見えなくなった。

「飛び降りたのか?

窓を除くと足を抑えた男がうずくまっている。

「あれは折れましたね。逃げきれないでしょう」蓮さんが言った。

大きな階段が見えた。

と、きつい匂いが漂った。

ガソリン?

階段の下、玄関の前に美島父が立っていた。

 

 

 

 

階段を駆け下りると美島父が振り返った。

「やあ、君か。」

俺の方を見てニタリと笑う。

「お父様」京子はぞっと身をすくませた。

「さっきのは、蓮か」

「そうです旦那様」

美島父は一歩前に出ると、

「母さんは死んだよ、殺されたんだ。

ユリエは?アイナはどこだ。京子よ」

知らない」

一階中床が水浸しだ。

「誰一人ここから出す気はない

非常口、出入り口は全てロックをかけた」

美島父が言う。

非常口!

「非常口があったのか!なんで先に

「ここが最短ルートだったんですよ」

蓮さんがやれやれと首をすくめた

 

「アキラとかいったね。美島家は選ばれた一族だ。凡人とは住む世界が違うのだよ。京子もそれを理解すべきだった」

美島父はそう言うと、視線を京子に移した。

「京子、お前が無理していることは分かっている。人肉は中毒性がある。

お前が人肉を食べなくなったのは二ヶ月ほど前だっただろうか。

一度人肉の味を知ってしまったら、辞めるのはとても難しい。お前は食事もほぼ手をつけず目に見えるほど衰退している」

「ほっといて

すっかり俺の後ろに隠れた京子が、かぼそい声を出した。

「人肉を食べないと食欲が沸かない。他の料理も手をつけなくなっていく。私も分かるぞ、会食がある日は人肉を食べることができなくてなぁ。」

美島父は顎を触り、露骨に嫌そうな顔をした。そこに蓮さんが割り込んだ。

 

「人類減少計画に加担なさっているんでしょ」

「蓮、貴様」

美島父の表情が一変した。

「面白い計画ね。

死にたがっている人、必要とされていない人間をボランティアか企画という形で集め、数週間しっかりとした食事と健康管理をさせる。

その後監禁。彼らを殺し、肉は美島家のような人喰い趣味の金持ちに売り、臓器は闇ルートで病院に売りつける。血液もそう」

美島父はため息を着くと蓮さんの話に続けた。

もちろん、家族の同意は得ている。これは人身売買だからな。ホームレスは別だが。彼らにそんな身内はいない」

身内を売る?馬鹿な。

「美島家は人の上に立つものだ。 弱気ものは強きものに喰われる。自然界と一緒だ」

 

「京子は変わろうとしている!彼女は普通に生きたいんだ」

「君は黙っていろ!

右頬に強烈な痛みを感じる。

思わず倒れ込むと階段にぶつかった。

こいつ。

立ち上がろうとしたが、立ちくらみのように不格好に尻もちをついてしまった。

美島父が京子に寄っていく。

「お父さん

彼の右手が京子の首を締める。

「やめて」

首を締め始める。

「お前は失敗作だった!

「うっかはっ」

締められた京子は手をだらんとたらし、目は遠くを見ているようだった。

やめろ。

おいどうした。

どうして抵抗しないんだ。

「やめろ、てめぇ!」

強く叫ぶ。

京子は我を取り戻したのか、締められた喉からなんとか声を出した。

「お父さんは覚えてる?

私くらいの年齢の子を食べたときのこと。」

美島父は少し考え、思い出したように言った。

「ああ彼女か。美味かったな。」

 

全身から汗が流れる。この男は完全に人を食い物として見ている。

「あの子は、私の友達だったのよ!

 

「だが、彼女は死にたがっていたと聞いていたぞ、せっかく自ら死を選ぶなら、役に立って死んだ方が名誉だろう。それに

【ご馳走様でした】って言ったじゃないか。」

 

「残念だよ、京子。お前も理解してくれると思っていたあ、ぁぁぁああああああ」

美島父は太い叫び声をあげた。

後ろから、蓮さんが躊躇なくナタで切りつけたのだ。

ちょうど木こりが木を切るように美島父の横腹をえぐった。

「私、京子様のこと気に入っているんです」

「蓮ぐっごほっえっ」

京子は手を振り解くと、フラフラとこっちに戻ってきた。服には多量の血が飛び散っている。

蓮さんはナタを勢い良く引き抜いた。

「もう十分楽しませていただきました。

人を殺す役を私だけがするなんてもったいない。あんなに楽しいのに。

でも飽きちゃったので」

 

「お前たち逃がす気はない」

美島父は何かを取り出した。

マッチだ

まさか,あいつ!

とっさに階段を這い上がる。

「ここで死んでもらう」

火のついたマッチが床に落ちるのが見えた。

 

「京子!」

目の前に巨大な炎が上がった。

部屋が地獄のように変化した。肌が焼けるようだ。

「京子!」

階段の下 、手すりに捕まる京子と蓮さんの姿が見える。

「あはっあはははは」

蓮さんは終始笑顔だ。

「もういいですよ」

ひとしきり笑った後、蓮さんはそういった。

一階のフロア全てが炎に包まれている。もちろん玄関は炎の中に消えている。

「どうした」

「のままじゃみんな焼けちゃうので裏口から出てください。あそこは電子ロック搭載されていません」

「でも鍵がないだろう」

「鍵ならありますよ」

蓮さんが言った。

「え?どこで見つけたんだ」

 

「最初から持っていました。」

 

?どういうことだ。

「まさか,地下牢の人を開放したのも」

「私です」

「どうして

京子が呟いた。

「どうしてって面白いからに決まっているでしょ。」

「お前ふざけんなよ」

振りかざした俺の腕を京子が抑え、京子は蓮さんに言った。

鍵を渡してください。」

蓮さんポケットから鍵を取り出し、京子はそれをふんだくった。

「アキラ行こう」

「そこをまっすぐ進みなさい」

蓮さんが来た道と別方向を指すとゆっくりと立ち上がった。

燃え上がる炎の中に立つ蓮さんは言った。

 

「アキラ君、私を忘れないでね。

人間って不思議でしょ。こうも変わる。そんな行動を取れる唯一生き物。

あなたみたいなタイプに会えて楽しかったわ。」

 

俺は不謹慎にもその姿を美しく感じてしまった。

あの殺人者を。

その言葉を最後に、俺は後ろを振り返らず

廊下を駆け抜ける。もう煙が迫ってきている。

隣を走っていた京子は次第にペースを落とし、重心を失ったかのようによろめいた。

「京子!」

「大丈夫、少しつまずいただけ

「大丈夫か?

「ちょっと疲れちゃったみたい。六限までずっと体育やっている感じ」

笑顔を作る途中で不意に涙が溢れだし、京子は泣き顔を見せまいと俯いた。

「疲れちゃったもう、疲れたの」

精神的にまいっている

父親の件で壊れてしまった。

「もう

よせ。

「もう死にたい」

京子は呟いた。

「私がアキラとつき合わなければ

「後少しだ、頑張ろう」

 

 

 

裏口が見えて来た。そこには奴が待っていた。

「あら?奇遇ね」

美島ユリエが立っている。

「ここ、あけてくれないかしら」